エネルギーを大量投入して生物多様性を喪失してしまう近代農業。その解決策として注目される多年生穀物は、毎年耕す必要が無く、環境を再生する食料生産の鍵を握っている。
今こそ、地球規模の再生を
エリザベス・ウィットロー連日のように各地の異常気象がニュースで取り上げられるなか、もはや気候変動の影響は疑いの余地がありません。日本もですが、特に亜熱帯の島国では、海面上昇や降水の変化、台風被害、土壌の健康の急速な悪化、フードシステムの乱れなど、深刻な状況です。気候変動には、あらゆる手段を駆使して対処することが急務です。現在、日本のフードアクティビストたちは、食料主権の強い立場を取り戻しつつ、気候変動の脅威にも 対処しようと取り組んでいます。この動きに合わせて、生命のための農業システム (farming system in service of life) を強調していくことで、ローカルにおいてもグローバルにおいても、農業のモデルを再構築できる可能性が十分にあります。
私たちはともに、地球における人類の存続が変曲点にあることを認識する必要があります。科学者たちは、表土の消失が原因で、私たちの故郷である地球に残された収穫はあと60回ほどであると推定しています。その一方で、世界中で起きている土壌健全化の運動は、食料と繊維の質の向上と同時に、生物多様性を高め、炭素を隔離する(つまり気候変動を緩和する)ことができる農業の持つ本来の力について、私たちの認識を一変させつつあります。一般に農業は搾取的なプロセスであることが多いですが、リジェネラティブ・オーガニック農業では、それぞれの土地に昔からある土着の方法を活用することによって、そのプロセスを環境悪化を招く下降的な悪循環から上昇的な好循環へと逆転させます。このリジェネラティブ・オーガニック農法は、オーガニック農業の原則を基礎としており、土地、水、空気、そして人類のスチュワードシップを満たす最も調和のとれた機会を提供しています。
近年、リジェネラティブ商品が市場で強力なトレンドになっていることは皆さんもご存知でしょう。実際、「リジェネラティブ(再生)」は最もホットな流行語のひとつになっています。しかし、リジェネラティブ農業の定義については合意がないため、この言葉は依然として自由な解釈や誤用が見られます。多くの人がリジェネラティブ農業のことを、化学肥料や農薬の不使用、非遺伝子組み換えであるかのように誤解していますが、実のところそれは真実ではありません。「リジェネラティブ農業」という名のもとで不耕起農法を実現するために、農地の準備に農薬が使用されることはよくあるのです。リジェネラティブ農業の定義を基準化するために、米国と欧州ではさまざまな関係者が集まり、多大な取り組みと広範な議論が繰り広げられています。しかし、大手製薬会社や巨大農業企業はこの取り組みに圧力をかけており、最低限の共通項化を目指しており、リジェネラティブの基準を危うくしています。カーギル社やモンサント社などの巨大農業企業は、リジェネラティブと名付けた製品を発売し、消費者の混乱を招いています。他方でオーガニックのラベルはより強力な主張ですが、動物や人間の福祉といった新たな懸念の高まりには対応できていません。オーガニック業界は過去20年間、世界中でオーガニックラベルに対する消費者の信頼を築いてきましたので、オーガニックに結びつけることなくリジェネラティブを定義してしまえば、この信頼を損なってしまいます。
リジェネラティブ農業を定義する
環境に配慮しているように装ってごまかす「グリーンウォッシュ」は、農業界におけるこの有望な新しいムーブメントの力を弱めてしまう恐れがあります。利害関係者の間で合意された定義がなく、信頼できる第三者による基準の検証もないため、消費者は生産者によるリジェネラティブに関する主張が信頼できるものかどうかを確かめる手段がありません。
リジェネラティブ・オーガニック・アライアンス(ROA)がリジェネラティブ・オーガニック認証(ROC)という形で、すべての農業基準の北極星を策定したことで、リジェネラティブ農業に対する革新的な新しい認証が市場に誕生しました。土地、水、そしてあらゆる生き物を工業的技術や有毒な農薬から守るために、オーガニック農法の遵守を義務付けるリジェネラティブ認証は他にありません。このような農法を実践している農家をサポートするために、ブランドがプレミアム(奨励金)を支払うことを義務付けている認証も他にありません。リジェネラティブ・オーガニック認証は、生産者とブランドの双方にとって最高水準の説明責任に裏打ちされた透明性と誠実性を市場にもたらします。ROCのフレームワークはひとつの基準でさまざまな気候、地理的な地域性、作物や畜産の生産システムに対して適用できるように策定されています。この基準は3つの柱「土壌の健康」、「動物福祉」、「社会的公平性」に関するさまざまな状況に適応できるように設計されています。また、このフレームワークは生きた文章として、つねに非常に高い認証基準を維持していくとともに、プログラムの進展に伴い、新たな科学的知見や現場特有の条件に合わせて調整していけるように、見直しの余地を持たせています。
生命のための農業:リジェネラティブ・オーガニックの3つの柱
気候危機を考えるとき、炭素はしばしば敵として悪者扱いされてしまいがちですが、実際には炭素はすべての生命の構成要素です。問題は炭素そのものではなく、土壌から大気中へ炭素が過剰に放出されていることなのです。慣行農業とは異なり、リジェネラティブ・オーガニック農業は土壌の炭素保持能力をより高めます。これにより土壌の構造、その安定性、保水力などを向上させ、土壌侵食を防ぎ、洪水や干ばつに対する作物の回復力を最大化させることにつながります。また、土地管理方法の改善は、土壌生態系が豊かになることで植物による養分吸収を高めるとともに、栄養塩循環の乱れの影響を受けやすい水系への窒素流出を防ぎます。このような強化された好適な物質循環は継続的に構築され、長期にわたって農地の健全性とレジリエンスを向上させていきます。
リジェネラティブ農業が健全な土壌を基盤としていることは、すべての実践者の間で一般的な合意があります。健全な土壌こそが人類と地球の健康の鍵であることを、私たちはすでに認識しているのです。しかし真にリジェネラティブであるためには、土壌微生物から動物、さらには労働者に至るまで、農場システムにおけるあらゆる生命を考慮したシステムでなければなりません。そのためROAの目的は、経年的に土壌の有機物を増加させることで地下および地上のバイオマスに炭素を再統合するとともに、動物福祉を向上させ、農家や畜産農家、労働者に経済的安定と公平性をもたらす、包括的な認証に支えられた全体論的な農業の実践を推進していくことです。
土壌生物の健康状態が土壌の健康に大きく影響を与えるように、家畜とその環境への影響についても同様の関係性が成り立っています。高い動物福祉のアプローチを牧場経営に導入することは、その経営が畜産動物の本質的な欲求と本能を最優位事項として定めているということを社会に明示していることになります。そのためには、極度の暑さや寒さ、飢えや喉の渇き、恐怖などから畜産動物たちを守り、そして草を食べる、群れを作る、乳を与えるなどの自然な行動ができるように、彼らに対してストレスフリーな放牧中心の環境を提供することです。群れの管理でより優れたアニマルケア基準を満たそうとする努力は、より栄養価の高い生産物や、より高品質の肉や優れた乳製品をもたらすといったメリットが一貫して実証されています。動物福祉と気候変動の関係性はまだ見過ごされがちですが、包括的な気候変動戦略においては極めて重要な一面を構成しています。
同様に、工業型農業の手によって荒廃させられている人々や農村地域コミュニティの健康を考慮せずして、地球の健康を考えることはできません。農業従事者は私たちの土地の管理者であり、リジェネラティブ・オーガニック農業の力によって、農家は私たちの未来の軌道を完全に変えることができます。リジェネラティブ・オーガニック農業は気候危機の解決策としての農業のベースを提供するだけでなく、食料安全保障と貧困緩和に貢献しながら、農家と農業従事者の生活を向上させていくことによって、農村地域のコミュニティと経済を立て直すロードマップも提供します。世界ではあまりにも多くの農業労働者が、奴隷制やその他の労働搾取的な悪習に分類されるような労働環境で働いています。そのため、社会的公平性の柱は、倫理的でリジェネラティブな製品を生み出すための最低限の許容レベルとして、統合的で公正な労働慣行を促進するための重要なベースラインとなっています。
日本におけるリジェネラティブ・オーガニックの夜明け
パタゴニア創業者のイヴォン・シュイナードは、自身の著書『社員をサーフィンに行かせよう』で述べているように、創業当初から通常のビジネス慣行に疑問を投げかけてきました。現在もパタゴニアは故郷である地球を救うためにビジネスを続けており、ROAを創設した3団体のうちの1社として、地球を破壊する工業型農業の流れを逆転することに挑んでいます。2018年にパタゴニアがインドの150件のオーガニックコットン農家と協働を開始したリジェネラティブ・オーガニック・サーティファイド・コットン・プログラムは、いまでは2,200件以上の農家が参加するまでに拡大しています。パタゴニア プロビジョンズは、ニカラグアのマンゴー、ワイオミング州のバイソン(日本未発売)、美味しいロング・ルート・ビールの原料のひとつとして使用されるプレーリー地帯の多年生穀物カーンザなど、ROC認証作物を調達しています。
私たちROAと志を同じくする日本の仲間たちを訪ねるツアーが、のどかな海辺の鎌倉にあるパタゴニア日本支社からはじまったのは自然な成り行きでした。そこでパタゴニア社員の多くが、日本に食料主権を取り戻すために芽生えつつある農民運動に直接携わっていることを知りました。また、リジェネラティブ・オーガニック農法の知識と農業システムの変革に向けた献身を互いに分かち合う先駆的な農家グループとの出会いにも刺激を受けました。
それから私は、1,000人を超える活動家、農業者、科学者、大学関係者、学生、マスコミ関係者らが参加したリジェネラティブ・オーガニック・カンファレンス2023に出席しました。私は基調講演で、現代における最大の問題のひとつである、地球、人間の健康、コミュニティ、そして未来の地球上の生命に対する工業型農業の脅威に焦点を当てました。この懸念は現代の日本社会において鋭く響いています。日本で昔から食べられてきた米、ソバ、肉などの食料の自給自足が、食生活の大幅な変化などにより、結果的に日本の食料自給率(カロリーベース)の60%以上を輸入に頼るという持続不可能な事態に陥っています。日本は現在、世界の主要な牛肉輸入国のひとつになっています。しかし他方で、日本の農村地域の伝統を掘り下げれば、伝統的な農業では人と自然の調和的共存を育もうと試み、そして国全体を効率的に養おうとしてきた農業の歴史的遺産に出会うことができます。これらと同様の原則に深く根ざしたROCのフレームワークは、生物多様性を高め、より健全な生態系を育んで、健康な地域コミュニティを築き、自然の病害虫管理を促進する農法の可能性を示すものであり、SATOYAMA(里山)の本質を反映したものになっています。
今回のカンファレンスでは日本の教育研究機関から4人の研究者らが登壇し、近年の工業化された農業システムがもたらす広範囲におよぼす影響について光を当てるとともに、リジェネラティブな農法とその生態系へのポジティブな影響に関する知見が共有され、自然システムを癒やすことのできる可能性を示してくれました。米、ソバ、大豆など、さまざまな中心的作物に不耕起農法を採用することのメリットと課題についても学びました。宮下教授は、モンスーンアジアにおける水田稲作は、同じ面積の畑作に比べて約2倍の穀物生産性を持ち、家族を養うために必要な土地が畑作の場合の5分の1程度で済むことを強調しました。歴史的に日本の農地は、とても多くの小規模な農家が稲作を行い、水田は森林や水路と連帯していました。このような伝統的な水田では、カエルや鳥、クモ、その他の花粉媒介生物など、豊かで多様な生き物が棲息できるような複雑で異質なランドスケープを築いています。残念なことに、日本は近代化や農地の耕作放棄が進むにつれ、湿地の生物多様性を失ってきてしまったようですが、昔ながらの伝統に根ざしたリジェネラティブな水田農業の維持・復活はこの傾向を逆転させ、絶滅の危機に瀕している在来種の保護などに貢献していくとともに、農村コミュニティに再び命を吹き込むことができるでしょう。
ROCのフレームワークの適用は画一的なものではなく、実践の原則はその土地の先住民や文化的伝統を反映させるように意図されています。カンファレンス後には、酒蔵の仁井田本家やソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)を推進するスリー・リトル・バーズ合同会社などの農場を訪問し、このことを実際に目の当たりにしました。これらの農場では、それぞれの地域独自の伝統的な文化や慣習に根ざしたリジェネラティブなオーガニック農法を現代的にアレンジしながら模索しています。私はこれらの実践が、中山間地域の水田で多くの生命を養うこと、ソーラーシェアリング下の畑地では日本において革新的な不耕起管理という形でどのように活かされているのか、また1週間の日本滞在中に農業や食に関するアクティビストたちと多くの魅力的な会話を通して、直接知ることができました。ROAの「土壌の健康」に関するタスクフォースには、日本からも専門家が参加しており、農業者向けの教育的な資料を提供するためのガイダンス文書の策定に協力をしてくれています。私たちは今後もこのような協力者をはじめ、トカプチのワイン用ブドウ園や、300年の歴史を持つ仁井田本家の酒蔵と水田、そして八一農園の友人たちがつくる美味しい大豆アイスクリームなど、日本の先駆的な農家たちとその取り組みを引き続き注目していきます。私たちはこの記事が、より多くの日本の皆さん、特に若い方々が、農業生産に関わり、これらの発展し続ける農法を積極的に試していこうと思えるような刺激となることを願っています。
私たちの現代のグローバル化したフードシステムは、コスト削減の効率性という誤った概念を提示し、それに内在するさまざまな本質的問題を覆い隠してしまっています。地球上のあらゆる生命システムにかかるコストを考えれば、「安い」食料など存在しません。では、この状況を解決していくためには何ができるのでしょうか。パタゴニア プロビジョンズとROAを通じて、私たちはリジェネラティブ・オーガニック農業が実践可能で有力な解決策であるという考えを紹介し、そして、RO認証取得を目指すパタゴニア日本支社の戦略パートナーのグループらとともに、日本でもリジェネラティブ・オーガニック認証パイロットプログラムを進めていけることにとてもワクワクしています。
下の動画は、2023年4月13日に、国内初となる『リジェネラティブ・オーガニック カンファレンス 2023』を開催した際、リジェネラティブ・オーガニック・アライアンスのエグゼクティブディレクターを務めるエリザベスによる基調講演の録画になります。合わせてご覧ください。
【リジェネラティブ・オーガニック カンファレンス 2023 】
基調講演:エリザベス・ウィットロー
〈リジェネラティブ・オーガニック・アライアンス〉エグゼクティブディレクター。
エリザベスは1990年代に工業的農業による有害な慣行と、繫栄するフードシステムの構築が持つパワーに触れて以来、地球の生きた表土を再生させることを使命としています。農業のより深い制度的な政策を検証し、全体論的な取り組みを行なう農業者の功績が報いられるプログラムを提唱する、そのような彼女の長い旅がこうして始まりました。現在、エリザベスはリジェネラティブ・オーガニック・アライアンスのエグゼクティブディレクターとして、革新的な認証プログラムであるリジェネラティブ・オーガニック認証を監督しています。
「リジェネラティブ(再生的)」という言葉は、巨大な化学的農業にも当てはまるような、次の流行語(バズワード)になる危険に現在さらされています。そのため、エリザベスは、「リジェネラティブ」はオーガニックと本質的に結びついているということを保証する活動を先導しています。リジェネラティブ・オーガニックとは、私たちの貴重な表土を癒し、炭素を吸収し、繫栄する生態系と、地球で生き、地球に生活を頼っているすべての人々に公正さを築く農業です。
リジェネラティブ・オーガニック・アライアンスのエグゼクティブディレクターとしての彼女の役割は、25年以上にわたるオーガニック農業分野での仕事の集大成です。彼女のキャリアは、中米での日陰栽培(シェードグロウン)でのフェアトレードかつ有機コーヒー生産者らを支援することから始まりました。以来、彼女は農耕と牧畜の両分野で高格な認証に関わる仕事を行なっており、また、〈インスティテュート・フォー・フード・アンド・ディベロップメント・ポリシー〉、〈サステナブル・ハーベスト〉、〈コーヒー・キッズ〉、〈メソアメリカン・ディベロップメント・インスティテュート〉といった団体活動にも寄与してきました。
そして何よりも、私たち一人ひとりが必要としているこの地球に貢献できることこそが彼女の最大の誇りです。「このプロフィール情報を読むのに37秒かかったかもしれませんが、その間に、地球はサッカー場18面分の生きた表土を失いました。私たちが生きる現代の生態学的危機の解決策は、私たちの足元に広がっているのです」