エネルギーを大量投入して生物多様性を喪失してしまう近代農業。その解決策として注目される多年生穀物は、毎年耕す必要が無く、環境を再生する食料生産の鍵を握っている。
風味を第一に考える
〈ロウ7シード〉の共同創設者であるシェフのダン・バーバーが、育種家の第一人者たちと作物の風味や栄養の秘訣、そして地元産の野菜が未来への道であるべき理由について語ります。
2018年に設立された〈ロウ7シード〉は、シェフと農家と育種家を結びつけ、オリジナル品種の美味しい果物や野菜の開発に取り組む初の種子会社で、種子からはじめる新たなアプローチでフードシステムを変えることを目標としています。
保存可能期間や均一性といった従来の種子企業の優先事項を満たす植物を作る代わりに、〈ロウ7シード〉は何よりも風味を優先させます。これは、他のビジネス上の意思決定にも反映されています。たとえば、最も風味豊かで歯ごたえのある植物は、化学物質の力ではなく、時間とともに進化してきた遺伝子を受け継ぎ、自力で育つ植物であるという確信から、オーガニックの非遺伝子組み換え種子のみを生産しています。また、〈ロウ7シード〉の共同研究者は、被覆作物や輪作などの再生型農法で管理された健全な有機土壌は、植物の栄養とその風味を高め得ると考えています。土壌の健康と、風味や栄養の豊富さは、相互に関連しあう同じテーマである可能性があります。
この考えをより深く探るため、バーバーはオーガニック野菜の育種家であり、〈ロウ7シード〉の共同創設者のマイケル・マズレックを招き、国内における育種家の第一人者であるアーウィン・ゴールドマンとビル・トレーシーとともに座談会を開きました。
ダン
まず、風味や栄養と土壌の健康の関連を探るということからはじめよう。風味、栄養、土壌のあいだに関連性はあるだろうか。
アーウィン
根菜に関しては、風味と生産環境には何らかの関係があると思われる。たとえば、オーガニックのニンジンの食味テストで、食べた人はそれがオーガニック農場で作られたものだと気付いたんだ。なぜかは分からないが、そのような環境では植物にかかるストレスが少ないのかもしれない。
ダン
そのことについてはレイチェル・カーソンが詳しく書いていた。ニンジンはスポンジのように化学物質を吸収するらしい。科学的説明はあるのかな。
アーウィン
分からない。答えはひとつじゃないかもしれない。
たしかに50年以上も前に、レイチェル・カーソンは『沈黙の春』で、化学農薬を使って栽培されたニンジンはその農薬を吸収すると書いている。これはほぼ間違いなく、すべての根菜にもあてはまるだろう。従来の農業生産システムでは、ニンジンを守るために化学物質を使用しているが、ほとんどの生産システムで作物は害虫と農薬からもストレスを受けている。農薬は植物を守ると同時に害をおよぼしている可能性がある。人間も強力な薬によって副作用を起こし得るというのと似ている。
消費者がオーガニック環境で栽培されたニンジンの方を好む理由のひとつに、根自体にかかったストレスが少ないことが考えられる。ストレスは不快な味を引き出す場合が多く、ニンジンの根に含まれる苦いテルペノイドによってテレビン油のような味がすることがある。この収れん性を持つ化合物は植物に備わる自然防御の一部で、風味のことを気にせず害虫防除を行ったところ、ニンジンの自然防御反応によってテレビン油味になってしまったことがある。
オーガニック農場の最も大きな特長のひとつは、土壌の健康レベルがとても高いということで、それは高レベルの有機物量と活発な土壌微生物に起因する。ニンジンの根の質は土壌の健康によって左右されるため、オーガニック農法で栽培されたニンジンの方がより良い食味を提供するのだろう。根菜については一般的に、土壌の健康と根の質との密接な関係性について調査する価値があると思っている。
ダン
マイケル、このことについて君はどう考えるかい?
マイケル
数年前にコーネル大学で実験をしたときのことだ。温室を1つ引き継ぎ、同じ種類のルッコラを異なる土壌に植えた。片方は普通の表土に化学肥料を加えたもので、もう片方は同じ表土にオーガニックの堆肥を混ぜ、同じ養分レベルにしたものだ。両方が同じ状態になるように努めたよ。
サンプルを「ブルー・ヒル」のキッチンに持ち込んでランダムに味見をしたところ、シェフたちは「これはオーガニックで自分たちが農家から仕入れている味と似ている、そしてこっちは仕入れを避ける方だ」と当てたんだ。化学肥料を加えた土壌で栽培したルッコラを試食した全員が、辛くてピリピリすると言った。一方、オーガニックの方は甘くて、辛みが鼻に抜けていくってね。それで僕は考えを改めたよ。
アーウィンが言うように、環境的なストレスが関係している面もあるが、他にも植物同士のコミュニケーションという面もある。同じ畑に植えられた植物は化学的な信号を発していて、同じ環境に何が植えられているのか、それにどう反応すべきかを察知している。それらの多くの要素が、風味や栄養面に影響していて、野菜を味わうときは、その会話を盗み聞くということになる。
ビル
オーガニック農法では作物を輪作するので、養分の利用可能性という点において全体が違ってくる。すべての健康的な有機農場でさまざまな作物が輪作されていて、植物の健康という面で、トウモロコシ、マメ、ニンジンなど前に栽培されていた作物が、その次に植えられる作物に大きな影響を与えていることはたしかだ。これは再生型農業の重要な要素だ。
アーウィン
素晴らしい指摘だね。ビーツのような野菜を同じ畑で続けて何年も育てている生産者が大勢いることに驚くよ。いまだにそんなことをしているなんて。病気を招くよ、ひどい話だ。多様化した有機農業システムではあり得ないことだね。
ダン
それに、そういうことが風味に大きく影響することが分かっている。本当に美味しいニンジンは、適切な土壌からしか得られない。そのほとんどが有機土壌だ。いま僕はこの国を代表する3人の育種家と話をしているのだけど、基本的に皆、遺伝子発現のために、今後は土壌環境にもっと注意を向ける必要があると言っているのかな。
全員
その通り。
マイケル
土壌がどうあるべきかについての筋書きはひとつだけではない。より高いレベルの風味と栄養を生み出すためには土壌生態学が必要となるが、どうすればいいかの指示リストはひとつとは限らない。農家の技術や農法に対する知識、土地への理解で、その方法を最適化していくことができるだろう。
大量生産野菜の欠点
ダン
育種に話を戻そう。シェフや楽しみに待つディナー客にとって、斬新さだけでなく、純粋で凝縮された風味も食の魅力だ。それぞれの育種の仕事で、ある植物の祖先にあたる野生種から得た遺伝子を用いて、その味に近づけようと考えた人はいるかな。
ビル
多くの点で野生種の栽培化やその後の現代的な育種は、そういうものの多くを最小共通分母化、つまり大衆向けにしてきたと言わざるを得ない。多くの人が好むものにするためにね。そうするためには、苦みなどいくつかの味は取り除くことになる。一部の人はその要素が好きかもしれないが、できるだけ多くの市場に向けて販売したいと考えれば、育種の伝統や条件というのは、それらの要素をできるだけ最小限にすることだろう。たとえば、果物や野菜は有益な抗酸化物質を多く含むが、これらの多くが苦みや渋みのもとになる分解生成物を含んでいる。中にはそのような風味に惹かれる人もいるが、大抵の場合は不快感を与える。私は長年にわたって、多くの熱帯トウモロコシの生殖細胞をスイートコーンに組み込んできた。多くの場合、変わった味と香りがするため、大量市場向けには適さないので通常それらは除外している。
ダン
商品システムへの供給を考えて、そういう潜在性を無視してしまうのはおかしいことだね。ビルが言うような大衆向けの育種は、食物の風味や栄養を薄めているということを意味するのだから。
アーウィン
イチゴがいい例だ。植物育種家は染色体操作を通じて、風味を落としてきた。野イチゴは二倍体だ。つまり、2組の染色体を持っている。一方で、カリフォルニアとメキシコからやってきた現代の栽培イチゴは八倍体で、8組の染色体を持っている。私たちは倍数のレベルを上げてイチゴを巨大化させてきた。それにより二倍体の品種よりもはるかに風味の劣るものにしてしまった。これはイチゴに起きた滑稽な話だ。それでも、それを実行した理由は明らかだ。二倍体から四倍体へ、あるいは四倍体から八倍体へ、というように染色体の組数を増やせば、植物の細胞が大きくなり、果物が大きくなるからだ。大きな果物は消費者に人気があるからね。しかし、サイズが大きいことが必ずしも料理の質に反映されるわけではない。イチゴのケースで言えば、染色体数を増やすという驚くべき成果は、植物育種界にとってはたしかな功績だが、その成果には食味の質や栄養の向上が伴っていなかった。収穫量は増えたけどね。
ダン
では、僕たちはどうやってそのシステムを変えていけるだろうか。興味深いと思ったのは、ビルが話した栄養的に重要な成分には、苦みなどのような、より複雑な風味があるということだ。これはシェフにとっても最も魅力的なことだ。人びとがルッコラやブロッコリーレイブを好むようになったのと同じように、そういう味も評価して楽しめるように促すのが僕たちの責任だと思う。僕たちは、人びとが欲しがる食べ物の定義を広げる手助けができるのだから。
ローカルに根差した生産
マイケル
植物の育種には、維持したいことや改善したいことと、減らしたいことのリストがある。つまり、好ましい特性と好ましくない特性ということだ。僕たちは物事をどちらか一方のグループに入れようとするが、物事をプラスかマイナスに分類する過程には弊害が伴う。けれども育種家がこれまで無視したり、逆の選択をしてきた特性のいくつかが見直されてきているように思う。たとえばコーヒーのように、人びとがその複雑な味の良さが分かるようになったのと同様に、野菜にもそれができるとしたら?
それを実現するためには、今よりもはるかに持続可能な土地利用をサポートする必要があり、それは長期的によりよく機能するシステムへとつながるだろう。
ビル
それがこの会話の素晴らしい点だね。個人的には、皆もそうだと思うが、キャリアのほとんどの間、いわゆる工業生産用の育種をしてきた。このような会話を通して今起こっていることは、風味を第一に考えた育種をするだけではなく、さまざまなシステムや異なる地域でこのような評価をはじめる機会にもなるということだ。たとえば、独特な風味が特徴のスイートコーンの品種ができたとしよう。そうしたらこう言えるわけだ。「この品種は、ウィスコンシン州マディソンに適応したもので、まさにマディソンの有機土壌で起こっていることだ」とね。このようなことに関する科学はまだはじまったばかりだと思う。私たちは、さまざまな農業システムが風味にどのような影響を与えるかについて、今まで十分に注意を払ってこなかった。
ダン
それは、食品業界が目指す正しい方向だね。より地元に根ざし、より栄養価が高く、そして100%より美味しく。その実現に向けて、そしてこの会を手伝ってくれた皆に乾杯。
〈ロウ7シード〉の共同創設者。コーネル大学の植物育種学/遺伝学の准教授 マイケルは、子供のころに家庭菜園で育てていたのと同じ品種を専門にしている。生化学の研究から、植物が持つファイトケミカルの重要性や、植物が人間の健康に対して果たす保護的な役割に注目するようになった。彼は現在、ファイトケミカル含有量を増加させる野菜を育て、人々に自らの技術を教えている。
アーウィン・ゴールドマン
ウィスコンシン大学マディソン校農学部園芸学科長 アーウィンの研究室では、主にニンジン、タマネギ、ビートなどの他家受粉させた野菜作物の育種と遺伝学に焦点を当て、その栄養価や色、味、形に重点を置いている。彼は有機的な種子生産とオープンソースの育種を支持している。
ビル・トレーシー
〈クリフバー〉および〈オーガニックバレー〉、ウィスコンシン大学マディソン校 有機農業のための育種学教授 ビルは耕種学と生物学を教え、大学院生によるスイートコーン改良の育種プログラムを指導している。彼の研究分野には、トウモロコシにおける病害虫抵抗性の開発、参加型育種、および有機作物生産のための農場での研究が含まれる。
ダン・バーバー
〈ロウ7シード〉の共同創設者。レストラン「ブルー・ヒル」や「ブルー・ヒル・アット・ストーン・バーンズ」のシェフ兼共同オーナー ニューヨークタイムズのベストセラー本『The Thi rd Plate:Field Note on the Future of Food(食の未来のためのフィールドノート:「 第三の皿」をめざして 上下巻)』の著者であるダンは、優れた農業の理念を直接食卓に届けられるように努めている。2017年、リーダーシップ・アワードを含む6つのジェームズ・ビアード財団賞を受賞。