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地球を救うかもしれない、密かに魅力的な生命体

ポール・グリーンバーグ
Darcy Hennessey Turenne

人目を引く海産物のエッセイを書こうと座ってみる。まず脳裏に浮かぶのは、昔から人間の関心を集めてきた、なめらかで魅力的な生物たちだ。サーモンは、世界屈指の大河の源流を産卵場所にしており、そこへたどり着こうと20ノット(時速約37km)の川の流れと格闘する。クロマグロは、サラブレッドの競走馬よりも速いスピードで大西洋と太平洋を泳ぎ、世界中の海を旋回する。

しかし、持続可能性と海産物について書くとなると、環境へのダメージが最も少なく、それでいて最も栄養価の高い生物を考えてみる。そのためには、「魅力的」の定義を再検討しなければならない。

そうすると、何とも地味なムール貝となるわけだ。

二枚貝の仏

「二枚貝」類のほぼすべてがそうであるように、ムール貝は動かずにじっとしている傾向がある。自由気ままに放浪できる、束の間の青春時代を過ごした後、落ち着く場所を選び、「脚」を伸ばして岩や木片に自らを密着させるのだ。そこで残りの人生の大半を過ごすことになる。それでもいざというときは、糸のような脚を短くして、新たな場所へと身体を転がすこともできるが、彼らはそんなことは望んでいない。餌を捕るために動くこともなければ、敵から逃げるために動くこともない。そんなことより、その内に秘めた柔らかい身を守るために殻を育てている。彼らが外の世界に触れているのは2枚の殻だけ(故に「二枚貝」)。殻で周囲の海水をろ過しつつ、ひたすら身を肥らせる。

この受け身で独善的なろ過作用、これこそムール貝が起こす静かなる奇跡だ。ある意味、「海の仏」と言える。息を吸い、吐きながら、自分自身を宇宙と一体化することができる瞑想よろしく、ムール貝は、エラで鼓動を打ちながらミクロな植物プランクトンの世界の中に浸っている。この絶え間ないミクロなビュッフェ料理でムール貝はエネルギー、ミネラル、オメガ3脂肪酸を含むさまざまな脂肪を蓄える。これらすべてが急激な速度の成長の中で行われる。ムール貝は、たった2年で幼児の小指の爪ほどのサイズから大人の掌サイズにまで成長するのだ。そしてその間に1万ガロン(4万リットル)もの水をろ過することになる。

これはつまり、一見非常に謙虚な1つの生物が、海をきれいにしながら、人間にタンパク質、脂肪、必須栄養素をもたらすという驚くべきポテンシャルと効果を持ち合わせていることになる。多くの海産物が頻繁に大量消費されていることとまず比較してみてほしい。ムール貝のすばらしい性質がより一層輝いて見える。

米国で最も消費されている魚であるサーモンは、そのほとんどが養殖の形で届けられている。養殖サーモンは、外側が銀色に輝き、内側は艶めいたオレンジ色をしている。しかしその食欲をそそる美しいサーモンを市場に届けるために、たくさんの資源が使われている。初期のサーモン養殖では、1ポンド(450g)の養殖サーモンを育てるために6ポンド(2.7kg)の天然魚を餌に使っていた。サーモン業界は見事にも、過去30年間で大幅にその餌の比率を小さくしてきたが、その代わりに、サーモンの餌に大量の大豆や他の土地で獲れた農作物を投入してきた。つまり、養殖サーモンは、ムール貝よりも遥かに地球への負担が大きい食品ということになる。なぜなら、ムール貝を育てるには、全く餌やりをする必要がないからだ。ムール貝は自分自身で成長できる。

マグロの問題

海から引き上げられた支柱にからみつくムール貝と海藻。この時点で、新しいもの嫌いの人なら参ったと両手を挙げて「見なかったことにしよう。これからは天然のシーフードだけを食べることにするよ」と言いたくなるかもしれない。そんな「解決策」も明らかに短絡的なものだ。米国で2番目に消費量の高い海産物を例に挙げてみよう。23種類もの魚種が、市場ではざっくりと「マグロ」に分類されている。それらのほとんどが、世界の果てで釣られた天然ものだ。国内に残るマグロを乱獲してしまったため、今ではどの国の海域にも属さない海からマグロを連れ去っている。単純にマグロ業がこれ以上伸びる余地がないことから、十分な規制がなされていない「公海」での漁業が過去10年間で8倍以上に増加、マグロの多くが乱獲されている状態にあるのだ。

そして、このマグロの実態は、すべての天然魚に言えることだ。天然海産物の世界漁獲量は20年前の約8,500万トンに留まったままで、それ以上増えそうにはない。読者のみんなにマグロ不足から脱却するには養殖があるじゃないかと言われないように、もう一度考えてみよう。マグロが魅力的である理由、スピーディーでなめらか、エネルギッシュで肉厚という要素は、養殖となるとおそまつなものになる。マグロ養殖の初期実験では、1ポンド(450g)の養殖マグロを育てるために、餌として20ポンド(9kg)の天然魚を使っていることが明らかになっている。

たくさん食べてたくさん育てる?

一方で、適切な場所でうまく養殖できるムール貝は、実際のところ、よりたくさんの海の魚たちに貢献することができる。生態学者が「エッジ」と呼ぶ場所は、幼魚が最も好むものの1つだ。潮の流れが遅く、守られた傾斜で、幼魚が隠れることができる。本格的なムール貝のリグ(稚貝を育てる針金)は、隠れ場所の表面積を増やし、かつて恵みのなかった海を有用な生息地へと変えることができる。

ぜひ今度、座って次の食事のことを考えるとき、ムール貝の硬い殻の内側に載った静かで穏やかな存在について少し思いを馳せてほしい。昨今、ジューシーな旨味を簡単にいただくことができるというのはすばらしく幸運なことだ。そして、多くの束の間の快楽とは違い、ムール貝を食すことは罪悪ではない。これはかなり対照的なことだ。ムール貝を食べることが多くのムール貝を育てることに繋がる。生産性の高い二枚貝は、各自のすみかで、建設的にじっと瞑想にふけりながら、地上では人間の食物となり、海中では生物たちの隠れ家となる。

私には、これがとても魅力的に映るのだ。

著者プロフィール
ポール・グリーンバーグは、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー作家。著書に『Four Fish』(邦題 『鮭鱸鱈鮪 食べる魚の未来』)、『American Catch』。PBSドキュメンタリー番組『フロントライン』の「The Fish On My Plate」のメインレポーター、海洋保全のピューフェロー、サフィーナセンターのライター・イン・レジデンスであり、米国最高裁判所からGoogle社、イエール大学まで、幅広い機関や施設において講演を行っている。ジェームズ・ビアード財団賞で書籍・文学部門等、多数の賞を受賞。無料動画配信のTED talk(テッドトーク)におけるグリーンバーグの『The Four Fish We're Eating and What to Eat Instead』は再生回数150万回を超え、現在も増えつづけている。